先日会いに行った友人夫婦の蓼科の家から八ヶ岳の眺めが最高でした。チョン子のお料理も素晴らしくて話が止まらない。
この家を訪ねるのは初めて。もう8年目だよ、と話す彼らとは留学から帰った頃にフランスの恩師の紹介で出会ったので、なんと40年超のつきあい。
40年のあいだには、いろんな辛い局面でとても助けてくれた恩人です。
震災で亡くなったおっちゃんとも仲良しだった。
「あの前日に会っていたから、ひょっとしたら自分たち最期に会った友人なのかも」と話してくれました。




悲しいけれども懐かしい思い出。
いなくても、いる
今度の1月17日には30年。
長い年月を経て、いま会えたらどんな話をするのかな。
いなくても、いつも見ていてくれて、行き詰まりそうなとき、ちょこっとヒントをくれたり、支えてくれていると感じる。
いなくてもいる存在。
震災や津波などを除いて自分たちの経験した大きな災害はコロナのパンデミックだったね、これからの世界はどうなるのだろうか」と話し合いました。
–
「不在の在」 大西勇史神父さんの投稿 2024.11.20.
いないからおもうことがある
いっしょにみたかった
いっしょにききたかった
いっしょにたべたかった
いっしょにいきたかった
どうおもうんだろうな
なんていうのかな
あれがすきだよな
これきらいだったな
へんなこだわりもあったな
よろこんでくれるかな
いがいといやがるかもな
いまいてくれたら
とおもう
たくさんのばめんで
そうおもう
いたときよりも
おもうことがある
それをいるとなづけた
いないのにいるとなづけた