Les nouvelles concernant WikiLeaks sont omni présentes sur toute la presse … mais ce 8 décembre, c’est quand même une date à marquer. On parle de John Lennon et de Yoko Ono aussi bien dans le Monde que chez BBC. … Et vous, où étiez-vous quand vous avez appris la nouvelle il y a 30 ans? Moi (peut-être que j’ai assez répété!!) j’étais étudiante à ce moment-là à Besançon et je me souviens très bien que tous mes copains anglophones en ont beaucoup parlé. C’était aussi la période de la crise à Afghanistan avec l’armée soviétique qui s’est massivement introduite dans le pays…
ウィキリークスの話題が絶えない今日このごろ それでも、12月8日はLe MondeでもBBCでもジョン・レノンの話を載せています。
le Mondeの記事
BBCの記事
30年前のこの日 覚えてますか?どこで何をしていましたか?(えっ?まだ生まれてなかったとか?www)またその話?と言われそうだけど・・・sachanはその頃フランスに留学中。「シャンパーニュ通り」というところに住んでいました。いわゆる「寮」とちょっと違って、普通の団地の一部の家族が住むようなところに「シャンパーニュ通り」だけは学生が4人ずつ組で住むようになっていました。ひとりずつ8畳ぐらいの個室があって、居間とお風呂場とキッチンが共同。周りの仲良しのイギリス人やカナダ人たちが「大変なことが起こった」と大騒ぎしていました。今から考えてみると、インターネットも携帯もなかったあの頃、どうやってニュースが伝わったのかな?たぶんラジオで聞いたのだと思う。「カセットラジカセ」とか持っていたし・・・ニュースを聞いてsachanは「・・・でも、その日は日本では太平洋戦争が始まった日なんだよ」と話していたような気がします。若かったし、何も知らず真っ白だったなあ。
その頃は何かと物騒な話題も多くて、アフリカやアフガニスタンから来ていた友人たちのなかには自分の国で政変があったり、ソ連軍が侵攻して帰れなくなったりと、そんなことも目のあたりにしてビックリしていました。学生運動も終わったあとに大学に入った世代だから、フランスへ留学して初めて歴史のうねりに直接触れたような感じがしたのですよね。
今、若いころのレノンやオノヨーコの映像や写真を見ると、やっぱりすごく迫力ある顔つきをしていますね。
echalotesちゃんのりんご姫さま おはよう〜!!
畑に行ってきた様子、とてもうれしく拝見しましたよ☆ネギが元気でいてくれて、よかったわ!りんご姫の町は雨がずいぶんいっぱい降ってたのね?BB村はだんだん先週の雪が溶けてきたなあと思ってたら、また昨晩雪が降って、うっすら積もって、きらきらの寒〜い朝でした。
ツバメのおっちゃんはバリバリ ビートルズ世代だったのかあ。ロンドンまだわざわざコンサートに行ってたの?そのころのロンドンってすごい雰囲気だっただろうね・・・
そうしてりんご姫ちゃんは、まだ赤ちゃんだった?まだ生まれて間もなかったぐらいだねっ!微妙にずれてる笑
sachan~!おはよう!今朝も寒いでしょうね。こっちも寒い!ドイツやオーストリアはクリスマスの雰囲気がもりもり!盛り上がっていく感じね。フランスは、なんだか地味だわ。うちの町だけがそうなのかな・・・
りんご姫ちゃんは、ビートルズ世代じゃないけど、ツバメのおっちゃんがバリバリのその世代で、ロンドンでのコンサートのこと等を熱く!語ってくれたし、ハンブルグの彼らがコンサートをしたバーや、今回の旅では、ジャンたちが来ていた軽井沢、それに武道館の横も通って・・・自然とイマジンの曲などが浮かんできてましたよ~。
武道館、今はいろんな歌手がどんどんコンサートをするところになっちゃったけど、その昔は武道館といえば・・・quelque chose・・・でしたね~。フランス人のギタリストの友達も「いつか武道館で・・・」なんて夢を語ってくれましたよ。
「OKでいられる」なんだかほんわかいい言葉ね♪
sachanはね、ビートルズが日本にやって来て、九段の武道館でコンサートをしたとき、まだ小学生のチビッコで、ビートルズがすごいのかどうかも、全然知らなかった
それから少し大きくなってテイーンエイジャーのころも、音楽のこととかに全く「無教養」なまま、どっちかっていうと「ガリベン中高生」>「無邪気なノンポリ70年代女子大学生」だったのね〜
だから、レノンが死んじゃったニュースを聞いて、「あらまーそれはかわいそうに」と淡々としてたのでしょう。
このごろになって(大人になってからね)、bjmからいろいろイギリスのこととかを教えてもらったりして、なるほどなあ あの頃 訳もわからず聴いてた音楽って、すごいものだったのねえって思ってる。
あとにいろんなものを残してくれた人がいて、ほんとによかった。
時間を超えて すごいものを残す人って、やっぱり天才なんだね。
昨日、いろんなリンクを見てたとき、Imagineを聴いて 涙が出そうになった。
まだ若かったオノヨーコがジョンレノンが生きていれば50歳になったはずだった誕生日の日に国連で「平和」を訴えるスピーチをしている映像が、le Mondeのリンクにありました。
オノヨーコも一貫して「愛」「平和」を訴えてて、すごい。
・・・あっそれからね、まだ5歳だった息子は「お父さんが亡くなってどう思いますか?」と言われて
「自分はまだ小さ過ぎてわからなかったけど、毎年この時期は、母が悲しい思いをするってわかっているから、彼女がOKでいられるようにしなくちゃってことを考えてる、そうやって年月が経った」と言ってる。
それもsachanは自分の身に引き比べてみて「なるほどなー息子は母のことを、そう思ってるんだろうなあ」と、わかるような気がしました。
・・・なんかね、コメントのなかで熱く語ってしまったけど!!!(チョット照れくさいけど笑)
>yuukoさんの名言だわ・・・
いいえ、きっと有名などなたかの言葉だと思います
7月にサイが死んで悲しみに暮れていた時に誰だったかが言ってくれた言葉なんですよ
忘れっぽいから正確じゃないけど、心に沁みました
悲しいこと、傷つけたこと、傷ついたこと 色々あるけど 遠い過去になることで救われますね・・・
sachanも長く海外生活の中でずい分色んな経験をされているのでしょうね
私もね、とー資産(!)と同じように ジョンはヨーコと共に暮らして幸せだっただろうな、って思います
ジョンが死んだ時、私は殆ど何も感じなかったの
ビートルズはすごい思ってたけど、ジョンのことをすごいとは思ってなかったのね
彼が死んで10年も経った頃、突然、彼が天才だと気がつきました
その頃、音楽家ではマイルス・デイビスなんかを天才と考えていたんだけど、マイルスより遥かにすごい音楽家だって認識したのね
ジョンの場合、感情そのものが音楽になっていることが分かって、ほかにそんな人は存在しなかったから、とても驚いたことを覚えてますね
ジョンの寂しさ、悲しさ、屈折、喜び、正直さ、明晰さ、そういうものが我がことのように、彼のボーカルから伝わってきました
人はいろいろ言うけれど、ヨーコと一緒になって最高に幸せだったろうと思うよ、ジョンは
とーし
ホントにね・・・時間って不思議なものですね
どんな悲しいことも どんな色濃い記憶も 時間のおかげで大切な絵みたいになりますね
>時間は優しい包帯
yuukoさんの名言だわ・・・
あの時、、、
私は台所で何かしてたのね
テレビから「ジョンレノンが暗殺されました」というようなことが聞こえてきて
信じられない思いでテレビのところに走りましたよ
あの衝撃は忘れられないです
でも、だんだん薄れてきてもいます
30年経ったんだなぁ
どんなショックなことも知らず知らずのうちに靄がかかったようになっていきますね
時間は優しい包帯?