昔の労働者はこんな場所に住んでた Musée de Manchester-suite2, La vie des ouvriers…



Il n’y a pas que des aspects positifs dans l’histoire de Manchester bien évidemment … toute une exposition était consacrée à démontrer combien les ouvriers, attirés à la ville en pleine évolution, encore mal adaptée à la grande masse de population, ont souffert de la manque d’hygiène et des épidémies.

産業革命で都市人口が急激に増加したのに住宅や下水道の設備がまだ不十分だった時代のマンチェスタは、赤痢やチフスやコレラにおびえる劣悪な環境に住む労働者がいっぱいだったそうです。江戸時代の長屋と比べたら、どちらが清潔だったのかしらん? 
博物館の展示だけでは物足りないので、本を買ってきました。ランカシャー地方の普通の人たちの生活が、昔はどんな様子だったかという本です。英語だから最後まで解読できるかなあ。

9 thoughts on “昔の労働者はこんな場所に住んでた Musée de Manchester-suite2, La vie des ouvriers…

  1. MKさん、「神出鬼没」 *-*¥
    そうそう、今朝はシギさんとピラテイスのクラスに行って、帰り送って行ってジョニーさんにお茶をごちそうになりながら、マンチェスタの話をしていたところでした。
    いま、あらためてバーニーちゃんが書いた長いコメントを読んで見ると、やっぱり北のマンチェスターやリーズやブラッドフォードとかの産業中心の街は、ロンドンやパリみたいな政治や文化の中心になっている街とは性格が違う・・・  時代ということだけでなくて、土地柄もあるのですよね。
    戦争の時代はほんとに大変だったのですね。
    sachanやjunjunも、母が疎開していたときの話を何度も何度も聞かされて育って、ほとんど いっしょに行ってたかのように光景が目に浮かびます。
    夏に田舎の小学校で草刈りをさせられて、ちっともうまく刈れなくて困ったこととか、お弁当が腐ってしまって悲しかったこととか。空襲で防空壕の入り口に焼夷弾が落ちて怖い思いをしたことなど。
    もう戦争はぜったいにいやですね!!

  2. 1944年、空襲が激しくなって、家は焼かれ、暫く防空壕で生活、その後、女、子供だけで田舎へ疎開しました。
    疎開先ではトイレは母屋から少し離れた外にあり、寄る暗くなってからトイレに行くのは何とも不安な気分になったものです。 汲取式のトイレでうっかり足を滑らせると、肥え桶に落ちる危険もありました。 私が七歳の頃です。
    空襲で焼けた家は西洋式の腰掛けタイプのトイレットが一階にも二階にもありました。 もう1つ和式のトイレもありました。 親戚の伯母は西洋式のトイレの使い方が分からず、便座の上に載って反対側を向いて(壁側)着物の裾をまくり上げてしゃがんでいました。

  3. こんな長いコメント英語ばっかりで書いちゃって だいじょうぶかなああ 要するに ごく最近(つうかBernieが子どものころも)トイレは外にあったんだと。うっそーーー!!! sachan子どものとき おうちのなかにトイレあったよ!

  4. You cannot really compare Japan in any era to most of the industrial cities in the west (Manchester, Leeds, Bradford, Essen, Cologne – even Pittsburgh and Cleveland for that matter) because in the 19th (and even 20th) century, the only factor worth anything was “profit”! If the owner got a better profit by making the houses and sanitation “up-to-date” (lower absenteeism, stronger workers etc) then he would do so, although in the end, it was social and political pressure that really made the change, not the owners. We have an expression in Northern English that “where there's muck, there's brass” – where things are dirty, there will be profit – and that drove everything.
    You're right to use London, Paris, Munich, Vienna etc. to compare things – they are not really industrial cities and they didn't have the same pressures, so water, sanitation, sewage and general health were much more to the fore. In other words, it's not that people didn't know or understand the need for better housing and sanitation – just that this was not considered a priority in these areas!
    When I was a boy, almost every house in Manchester had a toilet outside – usually a “tippler toilet”; look it up!! – and it was a really big day when we moved into a new house which had an (shock! gasp!!) inside toilet!!! I was about 7 then – so yes, almost 100 years ago!!

  5. おうー 歴史考察ネタも話の盛り上がる新しい分野か?? ・・・ 江戸とランカシャーの比較 →英語資料の解読がんばって また報告します!

  6. 江戸っ子自慢の“水道の水で産湯をつかい”ですね!色々なところからちゃんと水道を引いてましたからねえ(そうそう、吉祥寺の井の頭公園にはまだ当時の水源の井戸、池からの流れ出のところに「ここから神田川へ」の札があります).上水用の川は舟は禁止で飲み水としての質を確保し、下水の方はいわゆる溝(どぶ)から川に流れても、外国と違って下肥はまったくなかったので川は綺麗だったようです.ネットで見てみた所、上水を確保していた当時の都市は江戸とロンドンだけのようですが、問題はロンドンはすべて(つまり生活廃水も下肥も!)テームズ川に流していたとのこと(1858年にgreat stingという事件があったそうな.まじぃ?).おっし!今年の江戸検に上下水道が出ても大丈夫だど~!

  7. このブログ、本当に洋の東西を問わず、色々なお勉強ができますね〜!
    普段、不勉強な私は「へぇ〜!」「そうだったんだ!」「えっ!?」っていうことばかりです!

    下水道の整備ってやっぱりずーっと後になってからなんですね。
    そう言えば、フランスの町(私がよく知っている町は一つだけですが。。。)の道路も真ん中が低くなっていて、真ん中だけ敷石がなくて30cmくらいの通路(?)みたいになってました!あたかも水が流れていたかのように。。。
    イギリスとかドイツとかオーストリアもそうなのかなぁ〜。。。???
     
    「ランカシャー地方の普通の人たちの(昔の)生活」、どんなだったかまた教えてくださいね〜!楽しみにお待ちしていま〜す!

  8. dakoちゃんの語彙はさすが豊富・・・ sachanが見てる江戸時代の出て来るDVDでは長屋の共同井戸で洗濯とかしてる場面が出てるので、Bernieは江戸のほうがまだましだったんじゃないかと言ってます。(テレビドラマの映像を歴史資料とみなすわけにはいかないですけどね)

  9. う~ん、dakoのせま~い知識範囲からするとやはり江戸時代の江戸の長屋の方が共同雪隠があった分だけでも幾分かは清潔だったのではないでしょうか(そうは言っても長屋にもよりけりでピンキリでしょうけれど).
    やはり「肥舟」の存在は大きかったのでは?究極のエコですよねぇ…

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