7月26−27日 マンチェスターへ一泊2日の「海外旅行」へ行ってきました。
bjmの姉の葬儀に参列。
ちょうど7月19日から、国境を越える旅行が解禁になったので、タイミングよかった(という言い方も変ですが)。これが2週間前だったら、行けなかったところでした。
前回は 2020年の2月にパリへ行ったときでしたので、飛行機に乗るのはほんとうに久しぶりでした。

ふたりとも、2回のワクチン接種を完了したので、メールで送られてきた接種証明書(QRコードがついてるEU共通のやつね)をスマホの コロナ追跡のアプリに保存。念のために紙にも印刷したのをパスポートといっしょに持って、行ってきました。

白黒の写真は、50年代の労働者家族の、質素な結婚式。
花嫁さんがbjmの姉。花嫁の右にいるのが お父さん (なんだかbjmに似てる)
花婿の左にいる ちょっと太めのお母さんが、ちびっこ坊やをおさえつけている。
このチビッコ坊やが、なんと子供時代のbjm。
前列のいちばん右に半分欠けて写っているのが、9歳上のお兄さんです。
アイルランドでもいつも感じることですけど、ほんとにこういう集合写真は、日本だったら整然と並んで撮るものでしょうに、めちゃくちゃなんですよね?なぜか新郎新婦が横のほうに寄ってるし。
20歳以上も歳の離れた姉でした。夫婦とも亡くなってしまい、家族は姪や甥や、その子どもたちの世代に移り変わっていきます。
でも今回は若い世代に会って、いろいろ話をすると、とても大人っぽくなっていた。
悲しいお別れですが、そんなところでは明るい気持ちも持てる、穏やかなひとときでした。
sachanの「古嫁度」も高まってきたのと、アイルランドでおばちゃんたちに鍛えられているので、マンチェスタで家族と話したりするのも全然平気になりました。
これからも、いろいろ楽しく交流していきたいねと約束しました。
ミサではbjmが、第一朗読でした。
コレへトの手紙 3:1-2, 4, 5b-6, 9-11a, 12-13
何事にも時があり天の下の出来事にはすべて定められた時がある。
生まれる時、死ぬ時植える時、植えたものを抜く時
泣く時、笑う時 嘆く時、踊る時 抱擁の時、抱擁を遠ざける時
保つ時、放つ時 黙する時、語る時
人が労苦してみたところで何になろう。
わたしは、神が人の子らにお与えになった務めを見極めた。
神はすべてを辞宜にかなうように作り、また、永遠を思う心を人に与えられる。

