17年という年月 17ans déjà…

Georgette ma super copine avec ses ‘zô-zettes’
ジョルジェットの家にも「まけないぞう」が
引っ越し♡ 早速名前が決まりました!
「ゾーゼットちゃんたち」

Un autre but de mon séjour au Japon ce coup-ci était de rendre visite au centre du groupe non gouvernemental organisateur du projet ‘Makenai-zô’ (The NGO Collaboration Center for HANSHIN QUAKE Rehabilitation ) à Kobe et de participer à la petite cérémonie de commémoration pour les victimes du séisme de 95.
Depuis que Naka est brutalement décédé dans ce catastrophe, le 17 janvier a toujours été une date difficile, que j’arrivais à peu près à ‘contourner’ parce que junjun ma soeur a son anniversaire juste à la même date en plus et qu’elle achète son gros gâteau d’anniversaire pour mettre plein de bougies dessus et faire une soirée en famille. Il y a toujours des articles dans des journaux, forcément on pense aux circonstances dans lesquelles les choses se sont produites, on se dit ‘mais pourquoi il n’aurait pas pu rester un jour de plus à Tokyo?’ (Non, il avait cours mardi matin, qu’il n’aurait jamais manqué!) ou bien encore ‘S’il était encore là, qu’est-ce qu’il aurait pu réaliser dans sa vie?’ (Il aurait plus de 60 ans maintenant! )
Eh bien tout ça a basculé et je me trouve entourée de toutes ces personnes qui travaillent, organisent et réfléchissent pour les sinistrés du séisme de mars dernier. Malgré la distance qui me sépare d’habitude, je contribue à ma manière à leur travail, grâce au groupe de soutien ‘makenaizone’ qui s’est formé autour de ma copine Dr.Masami Aoki.
17 ans c’est tout un voyage. Le voyage continue.

15日の午後から関西 西宮へ。懐かしい旧友Georgetteの家に泊めてもらって、おいしい鍋(ブリしゃぶ!)を食べながら、近況報告。
そして16日午前中から、「まけないぞう」のプロジェクトを始めいろいろな側面から被災地の支援をしている被災地NGO恊働センター を訪ねました。

神戸 新開地にある被災地NGO恊働センター。増島さん 村井さんが迎えてくださいました。増島さんは3月末から岩手県の遠野を拠点に「まけないぞう」の仕事をしています。1月17日のため神戸に戻っていました。村井さんとは8月に仙台でご一緒して以来。増島さんとは初めてだけれども、なんだかそんな気がしません。ほんとうに暖かく迎えてもらって、感謝です。
Masujima-san et Murai-san, au centre de The NGO Collaboration Center for HANSHIN QUAKE Rehabilitation.
Il y a là toute une équipe de gens qui travaillent pour apporter secours aux sinistrés. Murai-san lui même a tout perdu en 95 – travail, maison… – et il a fondé le centre. Depuis ils ont été partout : en Iran, en Chine, à Niigata… et maintenant dans le Tohoku.  J’avais rencontré Murai-san au mois d’août dernier à Sendai. Avec Masujima-san, c’est la première fois… mais on dirait que ce sont de très vieux amis.
神戸西区のCHIMEI  INNOLUX  TPOディスプレイズ ジャパン株式社の中川さんと家藤さんを訪ねました
ボランテイアの「タオル仕分け隊」会社の仕事が終わってから全国から寄せられるタオルを一枚一枚チェックして、被災地をまわっている増島さんたちへ向けて発送しています。詳しくはこちらをご覧ください
Rencontré Nakagawa-san et Iefuji-san (CHIMEI  INNOLUX TPO Displays Japan Co.Ltd.) C’est eux qui recoivent des serviettesqui arrivent en paquet de partout… vérifient le nombre, la taille, lescouleurs etc et expédient à l’équipe qui travaillent sur place dans le nord du pays. Quel réseau de solidarité!!! 

95年の大震災から今年はもう17年になる・・・そう言われて「もう17年?」と信じられない気がします。毎年1月17日という日付は何をしても悲しくて、やはりあのときの驚愕と悲嘆の想い出が浮かんでくるから、なるべく考えないようにするか、仕事で忙しいか、静かにやりすごすか。そしてjunjunの誕生日だから家族でケーキを囲んで誕生祝いをすると。
そういう日でしたが・・・今年はちょっと違う。

岡本さん、増島さんと 16日夜。
Okamoto-san et Masujima-san.
Avec toute l’équipe nous avons dégusté le saké de Iwate.

東日本の大震災、原発の問題で日本全体が大変なことになってしまった今、個人的な思いを超えて何かをしなければいけない。いや、個人的な思いがあるからこそ、何か行動せずにはいられない。「まけないぞう」を通して間接的ではあるけれども少しずつできることを積み重ねていきたいと思います。

昨日まで元気だった幾千もの人たちの命が奪われた、あの朝。街が破壊され生活を人生を奪った震災。そして、そのあとの年月。今まで自分のストーリーしか知りませんでしたが、村井さんたち皆さん 当事者ひとりひとりが、違った毎日を生きて、積み重ねてきたのです。テントに生活しながら活動を始めた村井さんたちの厳しい毎日を想像して、そして 今にいたる歴史を考えました。

各地から集まって来た仲間たちの絆が、熱く響き合う 元気のある追悼会でした。涙を流したり悲しみに逆戻りすることなく、前を向いて できることを ひとつひとつやっていこうという心で静かに迎える1月17日。
「この日が来ないと神戸は正月にならないんですわ」と話しておられた村井さんの言葉の意味が、はっきりわかりました。
友だちみんなと家族のおかげで、これまでなんとかやってきましたが、まけないぞうとmakenaizoneがまた背中を押してくれました。ほんとにありがとう♪

5h46 le 17 janvier 95. J’étais à Tokyo et je n’avais aucune idée de ce qui s’était produit.
17 ans après, j’ai été parmi tous ces gens qui ont tous leurs propres histoires…  et la volonté de continuer à contribuer chacun à leur manière.
Merci Makenaizô! Le voyage continue.
1月17日午前5時46分。17年前 たいへんなことになってると知らずに東京の自宅でまだ寝ていました。被災地NGO恊働センターのジャングルみたいな庭でスタッフの方々や各地から集まって来られたボランテイアの方たちといっしょに参加させてもらう追悼式。静かに厳粛に17年前を思い、また一年の幕を開ける。

En revenant à Tokyo, j’ai retrouvé Ma-chan mon fils et Masami Aoki la cheftaine du groupe Makenaizone.
Une manière vraiment sympa de conclure cette visite à Kobé.
新幹線で東京へ戻ったら運良くMa-chanをつかまえることができて、青木まっちゃんのところへ
いっしょに行きました。うれしい締めくくり♡

6 thoughts on “17年という年月 17ans déjà…

  1. あまがいさん、コメントのお返事遅くてごめんなさ〜い
    時差ぼけひどくて2時とか3時とかに起きちゃって、お肌にわるいよー!
    でも昨日と今日は5時、5時半まで眠れたので、だいたい治ったかなって感じです。
    ほんとにありがとう!
    今日は午後から、こんどは あーちゃんがこちらに到着です☆
    目まぐるしい家族だわネ笑
    また様子をブログに載せるので、見てくださいね!
    寒いので体調をくずさないよう、気をつけて。

  2. sachan やっぱり東京へ帰ってくると
    スケジュール一杯で、大丈夫?疲れてない?
     でも、さっちゃんなら、大丈夫でしょうね
    明るい笑顔が、周りの人たちを、
    和ませるからねー!! 時差ぼけは、大丈夫
    ~~!神戸では、大変お疲れ様でした、
    タオル仕分け隊の活動なども、良く分かり易くてとっても良かったです。
    ありがとう、sachan

  3. yuukoさん!ほんとにご無沙汰してしまって・・・ コメントいただくと「ああー帰ってきたなー」って感じですよん♪
    プリンがあんまり美味しそうだから、おなかがすいちゃって・・・ 思わずいっぱいいろんなものを作ってしまいます。
    ホラ、ずっと妹の家や母の台所で「居候」してたからね、自分の台所に戻るのはチョットうれしい。
    どっちに行っても、うれしいわ。

    そうねえー 17年前の1月17日は今まで生きてきたなかでいちばん辛かったです。
    それまでもいろいろあったけど・・・ひとの死んでしまったことは、もう誰にもどうもできないもんね。
    なにより、人生なかばで逝かなければならなかった本人がいちばんかわいそうだと思うよ。
    ・・・そんないろんなことで、今のsachanがあるのだよね。
    yuukoさん いつものようにやさしい言葉をありがとうさん^^

  4. あら!
    sachanが自分でプリンを作ろうかな、って書いてあるわ
    今お返事にそう書いたところでっす!

    sachanはどこで見ても笑顔が溢れてる
    でも17年前は辛かったのね
    今があって本当に良かったわ
    どこに行っても人気者のsachan

    早く時差ぼけが治りますように

  5. おじたま、ただいま〜☆
    ただいまっていうか、帰って来ちゃったよっていうか、日本に行ったときも「ただいま」だしオーストリアも「ただいま」ですヨ・・・
    えぞあむプリンがあまりにも美味しそうだから、リンクを貼って記録しておいたよ〜 
    今日は自分でプリン作ろうかなあ。

    お風邪でとほほ・・・かわいそうですね。やっぱり今 いちばん寒い時期なのかしらん。雪おろしや、いろいろあるしね。早く治るといいにゃん。

    ジョルジェットさんにとっても久しぶりで会えて、すごーくうれしかったです。だってほんとに古い友だちで、いっしょに仕事もしてて、いちばん大変なときも一緒だった 大切な友だちです。
    こういうことが、やっぱりsachanの根っ子になっているんだなあ。

  6. Sachan お帰り

    充溢の帰国生活で元気いっぱいのSachan でしたね

    おぢたまは風邪にやられてトホホ生活が続いてますよ

    ジョルジェットさんの写真、落ち着いた雰囲気でとてもいいですね

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