時間の力 人間のパワー Preuves de nos qualités humaines

Une semaine déjà depuis que le séisme a frappé le Japon. J’ai passé ces derniers jours à essayer de saisir différentes infos – de sources japonaises, françaises, anglaises – pour en déduire ce qu’il y a à retenir (chose pas très évidente…)  et surtout à communiquer à fond avec à la fois ma famille, mes amis, qu’ils se trouvent au Japon ou ailleurs (y compris mes ex-étudiants). Et j’ai vu beaucoup d’entre eux obligés de prendre des décisions extrêmement difficiles. Encore plus que d’habitude, on se rend compte que chacun a sa manière de digérer la situation dans laquelle on est amené à nager, s’orienter et se définir. En plus pour moi – et pour un nombre d’amis- c’est également une occasion de retracer notre expérience de l’autre séisme, celui de Kôbe 95.
Bon, je ne vais pas étaler un roman sur ce processus – que tout le monde doit vivre en ce moment – mais j’aimerais quand même noter quelques points qui me sont importants:

震災から1週間。遠くにいて何もできないもどかしさ、家族や友人の様子を気にしながら信頼に足りる情報はどこにあるのか 日本のニュースは?フランスの新聞は?英語のテレビは?インターネットに載っているいろいろな情報は?・・・と四六時中アンテナを張っていたこの数日。その間、たとえば「東京を退避しなければならないと大使館に言われたけど自分たちはどうする?」といったような難しい判断を、ただでさえ恐怖と不安で疲労困憊のなか迫られた友人もいましたし、たまたま日本を離れているあいだにこんなことになってしまって、どうしたらよいのかと毎日考え続けている身近な友人も五本の指に余るほどいます。それから、日本にいる大切な家族、古くからの友人、もとの学生さんたち・・・情報を追いかけながらも、いっしょうけんめいメールやFaceBook、チャット、スカイプなどで話をしています。話の中味や分量はいろいろですが・・・
阪神大震災のときに自分自身がある意味で被災者そのものになったsachan。葬儀などすべて終わって東京へ戻って仕事に復帰して、まがりなりにも「普通」の生活を始めるまで外界と全く切り離されていた前回の経験と違って、今回は「遠くにいる」状態です。
「今までの人生の経験や自分の持っている特性を踏まえたうえで、こういう状況の中で、こんなに遠くにいてもできることは何だろう?」
だんだんと自分のできること、しなければならないことが明らかになってきたように思います。・・・チョットいつもと違うよ、sachanどーなっちゃった?という感じですが・・・単細胞のsachanがアタマの中味を整理したことを以下に書きとめておこうと思います。

1. Je ne sais pas si je suis trop distraite ou quoi, mais je ne m’intéresse pas tellement à la légitimité de telles ou telles informations. A propos de ce ‘catastrophe nucléaire’ par exemple, on a assisté à un spectacle apocalyptique infernal, qui nous tient tous cloués devant la télé 24h sur 24h et ce n’est même pas encore fini. A force de regarder infos sur info, en parcourant des discours dans différentes langues de différentes sources, on a du mal à savoir à quoi croire (sauf certaines très limitées, qui ont l’air ‘ apparemment assez crédibles’… nuance!)
On regarde les infos… pour quoi faire? Pour prendre une décision vitale, pour les gens qui sont sur place. …. Dans ce sens-là, j’ai décidé d’adopter une solution très simple. ‘Puisque ma famille dit que ça va, ça doit aller… ensuite si la situation évolue et il faut adpter un plan-B, à ce moment-là on va réagir.’ Pragmatique.
Pour prendre connaissance de la situation générale à propos de cet événement… tout en restant en sécurité soi-même? …  il y a différents degrés. Les habitants de Tokyo par rapport aux habitants de Tohoku, il y a un écart énorme… ils disent tous ‘Mais par rapport à ces gens sinistrés qui ont tout perdu, c’est rien pour nous, restons calmes’, tout en sachant que la situation peut se basculer d’un seul coup dans un futur plus ou moins proche. Et puis il y a cette attitude des gens qui sont complètement ailleurs ‘c’est terrible ce qui se passe là bas’, mais une fois de plus avec différents registres. Mes amis autrichiens, français, anglais… ils font preuve de l’authentique sympathie, tandis qu’il y a des millions et des millions de téléspectateurs qui consomment les images catastrophiques aussi choquantes que dans un film.

その1. ニュースとか情報を集めて、それで誰がどうする?
普段から細かいことが苦手なsachan。特に今回、いろんな技術的な情報やら時間の経過とともにどんどん変わって行く原発の様子、誰に責任があったのかということなど。いろいろ述べられていて、そこに東北の津波の被災地の報道が入り交じって膨大なニュースが英語でもフランス語でも日本語でも24時間ノンストップで氾濫しています。中には「この情報は信頼できそう」というのもなくはないのですが・・・こと原発に関しては政府発表への不信感がベースにあるなかで、東京の人たちはどのぐらい危険にさらされているのかということが私個人的にはいちばん知りたいことだったのです。家族は「だいじょうぶだから東京にいる」という判断で普通の生活を続けているけど、「ほんとにそれでだいじょうぶなの?」「もう逃げたほうがいいんじゃない?◯◯大使館は避難勧告を出して自国民を退避させているよ」とか、いろいろ。
日を追って、フランスやイギリスの一部マスコミの報道は原発のもたらす恐怖のシナリオに重点を置いて、テレビを見てたら世の終末かというドラマチックなイメージばかり。日本のメデイアとの報道のギャップも出て来ました。専門家意見としての信頼の置けそうな情報も出ている。でも専門家だと言っているから即、信頼してもいいのか、その判断の基準は?・・・当事者(の端くれ)sachanは「正しい情報を把握」したとして、それをどうやって使うの?sachanよりももっと当事者である東京に住み働いている人たちは全体に「東北の被災者に比べれば東京はまだ大丈夫、放射線汚染は怖いけれど様子を見ながら普通の生活を」ということのようですが・・・「危ないのにまだ東京にいてもいいのかしらん?」と眠ることもせずに心配し続ける?否。 
離れたところにいて、センセーショナルな情報を「消費」する人たちを意識するからこそ、そのような報道のしかたも生まれてくるのでしょうが(助け出されたばかりのお年寄りにインタビューとか、絶対止めて欲しい!)友人である当事者を真剣に心配して「もう逃げていらっしゃい」と真面目に勧める人たちへの対応に「ありがたいけど大丈夫、わたしの生活は東京にある、最後は自分の判断で決める」と答えていた友人、BB村では幸いそこまで無遠慮(なのか親切なのか)なひとはいなかったけど「家族をこちらに来させる予定があるの?」という質問も何回か出ていました。(そりゃーほんとに必要ならやりますよ、でも・・・)
・・・うわあああ〜もうわかった。わたしの結論。「正しいと思われる情報を把握することは必要、その情報を共有するこことも必要」でも「そこにいる人たちが自分の生活の場はここだから今のところは動かずに普通に生活するよ。」と言っているんだから、彼らの判断に従うしかない。いざ危ないとかいう状況を生じたら針路変更するのだろうけれども、そのタイミングとか方法含めて、彼らの選択が正しいと考えておくしかできない。と決めました。それでもって、対処するときは全力でまた対処する。(「そのときはもう遅いかもしれない」とかまた、迷い始めたらキリがないけど・・・以下を参照。)

2. Chaque personne, chaque famille, chaque groupe… a son fonctionnement particulier. Ce n’est pas uniforme, c’est sûr que ça reflète notre manière de vivre, notre système de valeur, nos habitudes quotidiennes, nos caractères… bref notre qualité humaine (c’est un mot un peu grandiose, mais enfin!).
Ensuite ce qu’on aura choisi, chacun va assumer plus tard, bien sûr. Je respecte la différence, je suis consciente que ce qui est prioritaire ne l’est pas forcément pour d’autres… Un choix quelconque vient d’une personne (ou d’une famille ou d’un groupe) avec qui je suis liée d’amitié – explicitement ou implicitement- j’accepte son choix, je le respecte et je ne m’y oppose pas. Je ne voudrais ni imposer quelque chose à quelqu’un, ni me faire imposer un jugement par quelqu’un, ni critiquer ou apporter des idées négatives. Pas de colère, pas d’agressivité. Je veux rester positive à fond, puisque c’est ça qui m’a toujours aidée à vivre.

その2. 基本、ポジテイブでいこう 平穏さが大切。
あたまりまえだよ、と言われるかもしれないけど。状況の危機的であるか否かにかかわらず、ある人が、ある家族が、あるグループがどういう動き方とか判断をするのかということは、それぞれの事情によって違ったあり方になるでしょう。絶対にこういうものと決めることはできないし、普段どういう生き方をしているのか、どういう考えを大切だと思っているのか、いつも慣れ親しんでいる方法とか自分の性格的なこととか・・・「人間としての特質」みたいなものが(とても大げさになってしまうけど)こういう場合にどういう行動をとるのかに反映してくる。
そうして、自分の選択したことの結果は、それがどういう結果をもたらしたとしても自分の責任で引き受けるのがあたりまえなのだけど・・・・ 自分と違った選択をした人がいたとしても、その人の優先する基準が自分のと違っていたとしても、それは尊重する。
「ほんとは◯◯のほうがよくないかなあ?」と思っていても、自分の考えを押し付けることもしないかわりに、逆に他から自分の判断をとやかく言われる理由もないし、またそこに否定的な評価とかを持ち込む必要もない。
わたしが一番避けたいもの、それは怒り、攻撃的な態度のような否定的な感情。
不安な、悲惨な状況であればあるほど、逆に徹底的にポジテイブなことだけを見るようにしたい。どんな判断にも否定的な側面と肯定できる側面が含まれるはずだ。それならば良い面を見るようにしよう。今までもそう思って生きて、なんとか切り拓いてきたのだから、それを貫こうと思います。
全てのリスクを回避することは人間の力では無理。最後の結果は受入れる。別に諦めるというわけでもないけど、心配とストレスの連続のなかで生きてるよりは ポジテイブにとらえて、能天気と言われようが明るく平穏でいたいと思う。

3. Maintenant qu’est-ce que je peux faire, moi, dans tout ça, puisque je suis une de ces gens qui sont complètement à l’écart de l’événement, de l’autre côté de la terre cette fois-ci, au lieu d’être complètement au milieu, coupée du monde entier. Eh bien, j’essaie de soutenir ceux et celles qui ont besoin de communiquer avec moi – surtout les jeunes ex-étudiants. Ceux qui luttent au Japon, mais aussi ceux qui se trouvent en Europe, aux USA ou ailleurs comme moi. Je partage l’angoisse, j’émets des messages positifs, je leur dis que moi aussi je suis inquiète mais ça devrait aller… je leur montre le processus que je vis.  Et là, depuis quelques jours, je constate que finalement ceux que j’essaie de soutenir me soutiennent aussi. C’est le vrai plaisir de communiquer. Même à distance. Et c’est la différence majeure avec 95.  Il va de soi que mes prières vont à ceux qui sont décédés, leurs familles et proches qui combattent le froid, le manque de tout et le désespoir.

その3. 人の役にたつことをコミュニケーションのなかで。それが自分にも力をくれる。
今回、被災地域やその後方である東京から、こんなに遠く離れたところにいるわたしにできることは?「大丈夫だから」と言っていても「ほんとは不安だから話をして元気がもらいたい」「今こんな気持ちということを分け合いたい」と思っている人がたくさんいる。そのために「sachan!と声をかけたい人は、いつでも歓迎」。そういうつもりで、特にFacebookのうえでコンタクトのある元の学生さんたち卒業生たちとチャットをしたり。「あいさつ」や「いいね」のボタンだけだったり。日本の各地にいる人たちはもちろん、留学中でヨーロッパにいるひと、世界の他の場所に住んでいる人も数多いです。そんな方法で役に立てるものならと思って、この数日過ごしましたが・・・自分も多少は役立ったかもしれないけど、実は元気をもらったほうが多かった。両方ですね。それって実は、以前働いていたとき教室で感じていたことに似ている。
そして、「こんな方法でいいのかな?」と迷ってもいたけど、昨晩すごく考えさせられるようなやりとりがあって(機会があったら別のとき紹介します)、もう迷わないことに決めました。

人間のパワーはすごい。時間の力で 「こんな辛いことがいつまで続くのだろう」と絶望に打ちひしがれても、なんとか状況が変わって行く。そしてコミュニケーションを丁寧に積み重ねていくことのなかで、相手の持っている力と自分の持っている何かが触れ合う。
そのことの素晴らしさが、離れたところにいるからこそ、はっきり見える。わたしにとって95年のときとはある意味 いちばん違っているのが、この距離感。でも限りなく近く感じる人間のパワーです。

書いているうちに長くなってしまいましたが、もちろん・・・ 被災し亡くなられた方々 身内を亡くされて悲嘆に打ちひしがれている方々 全てを失って途方にくれている方々が早く平穏をみつけられますように。心から祈ります。
被災地で、東京で、日本のほかの地方で、世界じゅうのいろんなところで淡々と日常を前に進めている、わたしの大切な友人 家族 学生さんたち!時間の流れが助けてくれることを信じて、できることからぼちぼちやりましょう。

12 thoughts on “時間の力 人間のパワー Preuves de nos qualités humaines

  1. 実際の様子がわからない遠い所で、1番ひどい所の様子だけガンガン見せられ、怖い予測情報を聞かされて心配しているのは消耗だけしてしまって、かわいそうね。計画停電のラッシュにもまれて、パトラックになって寝てしまう方がマシかもしれない。脳ミソが心配で暴走してしまわないように、PCの前から離れ、少し体動かして美味しいもの食べて体を休めて、風邪を早く治してください。(さっちゃんの料理食べたいよー!)
    あまりにも理不尽なめに遭った時、人は悲嘆にくれ、次に怒りが湧くと書いてありましたが、怒りは長く続けるにはすごくエネルギー要るから、ある時間はかかるけれども、自分の運命を受け入れて諦めではなく、前向きに立ち向かっていく、これが生きるということなのかなぁ。色んな背景があって、色んな言葉や判断が渦巻く世界。でも、本当に大変な人たちは、まだ怒りの段階にすら行けてないでしょう。
    それに引き換え、東京は全然大丈夫♡。犬の散歩をしている人も普通にいるくらいで、結構冷静です。ちょっと不便なだけ。あまりにも便利過ぎる状態に慣れてしまったから、この位不便な状態にみんなで慣れた方がいいのかも。長くかかりそうだし、生活を見直して節電すれば原発に頼らなくても良くなるかもしれない。
    地震の起こった日に職場から自宅まで歩いて帰った時、データ魔の私が考えていたことは、万歩計つけておけば良かった!!幸いにも被災していない我々が、元気出して日本経済を支えられるように、自分の立場で、できることをするしかないなーと思います。
    何だか、さっちゃんの書いていることの繰り返しになっちゃったね。全面的に賛成!!ってことで。大丈夫だよ。

  2. dakoちゃん ありがとーさん
    グッドタイミング 
    sachan 何かしなきゃーって力はいりすぎで、そんでもって「ぱとらっく」・・・ 
    被災地はいうまでもなく 日本にいる皆さんのほうが よっぽど大変な思いをしてるのに〜涙

  3. Sachan、こんにちは!
    場合によっては遠くで見守る方が辛い事だってあると思います!!!「何かしよう」と思ってトレーニングなして現地入りしてかえって足手まといになってしまう“ボランティア”の人たちだって悪気があるわけではないでしょう。でも、何ができるのだろう、ってちょっとだけでも時間をかけてから行動することも重要だと思います。今の私は募金することしかできません。

  4. Yuukoさん、ありがとうさん。
    コメントも入れられるようになって よかった。
    なんだかよくわかんないけど、ちょっと変だったみたいですね?

    えーとね 「前向き」なんて悠長なことを言ってられるのは無事なところにいるからでしょ?被災地がどんな悲惨なことになってるのかなんて、想像もつかないでしょ?そんな歯の浮くような前向きのメッセージなんて、聞くに堪えない
    ・・・と、FaceBookで (ひょっとするとわたしのことを知らない人だったのかもしれない)方にばしっと言われたの。
    #FaceBookではホラ 誰だかを開示しているから、本来知っている人だけとしか話をしていないはずなんだけど、どうも知らない人の友だちリクエストを間違えて押してしまったのかもしれない。でも、べつにそのことが問題ではないんだけど。

    いろいろ白熱の話し合いがあったんだけど・・・結局わたしが導いた結論をね、ここに書いてみたというわけです。
    計り知れない被害の膨大さ 悲嘆をどうやって乗り越えたらよいのかわからない絶望感 怒り。
    sachanは何ができるのだろう。そう考えて少しずつ行動しています。

    でも、今日は 少しお掃除もして、料理もしましたヨ♡

  5. Sachanありがとう!
    コメント欄に入れましたよ~♪
    嬉しいわん ルンルン

    ほんとにね、当人が決めたことに口を出すことはできないよね
    もちろんアドヴァイスはできるけど・・
    私も sachanと同じことを思います
    sachanの前向きな生き方も大好き

    前向きに行かなくてはね
    なんとかその方向に行かれそうな気がしてきましたよ♪♪
    ありがとう

  6. おーう!
    風情がある建物だぁ
    おぢたま、酒とか醤油の醸造元を連想したけど、じつはsachanジャムの仕込み先なのね

  7. kikiちゃん ありがとうね
    うん、だいじょうぶだって きのう入れてくれたコメント見て納得できたよ
    だんだんと大学のほうの仕事とかも入っているの?
    関西の研究会は予定どおり開催だって メールが来てたね?
    あんまり無理してすぐに動き出さないで・・・
    よーくリハビリもしてね。

  8. とーしさん、少し古い写真だけど、同じおうちを外から見たところです。
    ここをクリック
    フランスの東のほうのスイスに近い フランシュコンテ地方です。
    17世紀からある農家の建物を、改装してペンションホテルにしてる。 とても気に入ってて何度か行きました。このごろは遠くなってしまって行けないけど。
    ほら、ここのオバさんが書いたジャムの本で、sachanはルバーバのジャムとかオレンジマーマレードとか作るんです。^^

  9. sachan ☆

    sachan がコレ書いた気持ち、わかるような気がする…
    どうもありがとう。

    心配だと思うけれど、心配しないでね。
    大丈夫だから。

  10. そうそう、その2年前の写真、気になってたのでしたよ

    あの窓の奥行というものは、なんですか、やはり、壁の厚さをあらわしているのですか?

  11. とーしおぢたま 
    あのねあのね きょうは「どこそこへ行ったら こんなものがみられました」とかじゃないブログだから なんだかどきどきしてたけど、あっというまに おぢたまがコメントくださって ほっとしたわ〜ん。
    ありがとうさん☆
    さっちゃんは このところ外にも出かけず(雨が寒くて出かけられナーイ)ずうっとコンピュータのまえにいたから、写真も 窓から外を見て明るいところが見たいなーと思って 2年もまえの写真をもってきたのです。

    おおざっぱ あるときは強気ぐんぐん あるときは へこみ あるときは へろんへろん 
    そんなふうにジグザグ人生してきたけど。
    それでもこういう混乱と不安のときは 自分の足下を見て書きとめることで自分が確かめる
    そのためのメモです

  12. sachanはポジティブだねぇ
    sachanはポジィティブの星の下に生まれたんだから、それはとってもラッキーなことですよ

    ネガティブな言辞のオンパレードのなか、sachanの言葉を読んでほっとしているおぢたまがいます

    仰るとおり、その人の生き方はその人が決めることが一番、それが悔いの残らないことだと思うのね

    国内にも、どの話を信じていいか分からないと言っている人がたくさんいるんだけどね、それがおぢたまには不思議なんです

    だって、おぢたまの耳にはそんなにいろいろな話が聞こえてこないんですもの

    おぢたまは、はじめ、日本政府が何かを隠し立てしたり嘘をついて責任逃れしているなと感じていたんだけど、官房長官の話を見聞しているうちに、この人は信頼できる、間違ったことを言うことはあっても、意識的に嘘をつくことはない、そう信じられるようになって、そうした意味でとても安心して事態を見ていられるようになりました

    sachanは、とてもsachanらしい体勢で前に進んでいこうとしているね

    よかよかです

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